アマプラで映画視聴270作品目は「関心領域」でした。個人的レーティングは8です。見ておいて損はない、というか基本的にみておいた方がいい映画の一つです。アウシュビッツをアウシュビッツの隣で暮らす所長の一家の生活を描くことで描くという作品です。ちなみにルドルフ・ヘスですが、副総裁のヘスとは別人の実在の人物です。恥ずかしながら、おかしいな?ルドルフ・ヘス?架空の人物になんでそんな名前をつけるの?と思ってしまいすぐググりました。綴りが違うから実は同姓同名でもないらしいです。
空は青く、誰もが笑顔で、子どもたちの楽しげな声が聞こえてくる。そして、窓から見える壁の向こうでは大きな建物から煙が あがっている。時は1945年、アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた。 スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、 建物からあがる煙、家族の交わすなにげない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。その時に観客が感じるのは恐怖 か、不安か、それとも無関心か? 壁を隔てたふたつの世界にどんな違いがあるのか?(C) Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.
結局差別問題の本質はココだし、だからこそ差別に反対しなければ社会が壊れてしまうという感想。隣はアウシュビッツで毎日のようにユダヤ人が虐殺されている。だけれども妻の関心時は自分の家族とその生活のことだけ…夫の所長はアウシュビッツの中のことなど何もないかのように家族たちと過ごし、淡々と、職務として何十万人ものユダヤ人の虐殺を計画していく。花や自然は大事にしても、人間のユダヤ人のことなどは一顧だにしない。一緒に暮らそうと呼ばれた母親の方は、贅沢な暮らしぶりに喜んだものの、その状況のおかしさに狂いそうになりすぐに家を出ます。世界でも似たようなことは今もある。トランプは議会で「性別は男性と女性のみ」と言い放ちました。つまりこの枠組みにはいらなければ人ではないと言っている。人間は、相手を人以下とみなしてしまえば何をしてもよいということに簡単になります。関東大震災の時には、なんの罪もない朝鮮人を虐殺した歴史が日本人にもあります。中国人を「マルタ」と称して人体実験に使った歴史があります。昨日も沖縄の空では米軍機の爆音がなり、住民は安心して寝ることもできないけれど…本土の僕らはよくわからない理由でそれは仕方ないと平気でなったりもします。そもそも同じ日本の中のことですらあるのに「関心領域」からはずれてしまっている。
第二次世界大戦であれだけの被害にあったユダヤ人が今はガザの人々を虐殺する側です。この差別の連鎖を断ち切ることは人間ならできると僕は思ってます。映画としては少し難解で、こういう映画だからこそもう少しだけわかりやすくした方がいいのでは?とは思いましたが…必見の映画なのは間違いないです。

