京都在住おじさんのつれづれ雑記帳・・・グルメ・銭湯・アニメ・映画、etc・・・

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達人伝-9万里を風に乗り-17巻~嚢中の錐とか平原君の話とか、そして思想の力~

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達人伝-9万里を風に乗り-

 達人伝、ネットカフェで読んでます。

 だいたい2巻くらいためて、一度に二度ほど読む感じかな。

 そんなこんなで17巻は・・・包囲される趙・邯鄲を中心にしたお話。

 ストレートに春秋戦国時代の有名なエピソードを紹介くるんですが、そこは王欣太先生、独自のキャラクターを駆使して躍動感をもってそれらを描きます。

 16巻で、いわゆる長平の戦いの白起による40万人の虐殺を白起の「怒り」に求めた王先生ですが、今度の17巻ではその「虐殺」が趙の国力を決定的に奪う一方で秦にとって重しになっていく中での、各国による秦包囲網を描いていきます。

 この巻、有名な「嚢中の錐」の話、そして平原君と李同の「決死隊」の話です。

 「国家存亡の危機にまず私財をすべて投げうて」と末端の幹部(李同)から迫られて、それを承服する平原君のエピソードにこの春秋戦国時代の価値観がよくでています。この時代の中華の支配者・エリート層は思想を言葉を徹底して重んじます。

 思うのですが、資本主義以前の社会というのは、支配層・エリートの間では言葉というものは今より意味があったように思います。その積み重ねの上に、民主主義というシステムができていくわけですが、いま、数さえあればいい、力さえあればいい、金さえあればいい、というむきだしの資本主義の論理によって言葉の力が押し流されようとしているように思えます。

 春秋戦国時代も結局のところ力で支配を推し進める、秦によって各国は滅ぼされてしまうわけですが・・・それでもやはり、いまもう一度、思想と言葉の力を世の中に取り戻す必要があるのではと感じつつ、達人伝を読んでいます。