京都在住シングルファーザーおじさんのつれづれ雑記帳

京都在住おじさんによる匿名の日記です。ネットのすみっこでひっそりと生きています。ただいまシングルファーザーとして生きてます。備忘録ブログ

映画視聴297作品目「ソウルの春」(9)、韓国現代史の暗部と今日まで続く教訓

アマプラで映画視聴296作品目は「ソウルの春」でした。個人的レーティングは9/10です。歴史の事実を下地にして人物などのディテールはフィクションでというタイプの映画になります。視聴必見ですかね。

1979年10月26日、独裁者とも言われた大韓民国大統領が、自らの側近に暗殺された。国中に衝撃が走るとともに、民主化を期待する国民の声は日に日に高まってゆく。しかし、暗殺事件の合同捜査本部長に就任したチョン・ドゥグァン保安司令官(ファン・ジョンミン)は、陸軍内の秘密組織“ハナ会”の将校たちを率い、新たな独裁者として君臨すべく、同年12月12日にクーデターを決行する。一方、高潔な軍人として知られる首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)は、部下の中にハナ会のメンバーが潜む圧倒的不利な状況の中、自らの軍人としての信念に基づき“反逆者”チョン・ドゥグァンの暴走を食い止めるべく立ち上がる。(C) 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

■ 史実を下地にした緊迫の政治サスペンス
 1979年10月26日、韓国の独裁者・朴正煕大統領が側近に暗殺される。一時的に訪れた民主化への期待は、しかし脆くも崩れる。同年12月12日、保安司令官・全斗煥(チョン・ドゥグァン)率いる軍部内の秘密組織「ハナ会」がクーデターを決行。これに対し、首都警備司令官・李泰成(イ・テシン)は圧倒的不利な状況で反乱鎮圧に立ち向かう――。『ソウルの春』は、実在のクーデター事件を軸に、フィクションを交えながら緊迫した権力闘争を描く傑作です。史実を知る観客にとっては、李泰成の抵抗が「敗戦必至の戦い」であることがわかっているだけに、その悲劇性を感じながら視聴することになる。これは、どこまでフィクションかわかりませんが、奥さんとのやりとりは泣けます。

民主化の「春」はなぜ潰されたのか?
朴正煕暗殺後、韓国社会は一瞬ながら民主化の可能性に沸いています。しかし、軍部の実権を握っていたのは、朴政権の直系である全斗煥とその一派のハナ会。主人公・李泰成のような民主派軍人は少数派で、多くの将校は「秩序の回復」を名目にクーデターをむしろ望んでいる状態。映画は、「権力の空白期にいかに暴力が支配するか」をリアルに描き出しています。

特に印象的なのは、「クーデター側が最初から軍の大半を掌握していた」という現実です。李泰成は命令系統の混乱や部下の裏切りに翻弄されながらも、軍人としての信念で抵抗しますが、多勢に無勢で勝敗は比較的決まっています。盤面をひっくり返せる手が相手にはあり、こちらにはない。この「無力さと勇気の対比」が、作品に深い余韻を残しています。

■ 現代の韓国と重なる「クーデターの恐怖」
この映画を観ると、2024年に起きた尹錫悦政権の「戒厳令未遂事件」がなぜ韓国社会に衝撃を与えたかが理解できる。韓国人は軍部クーデターの後に訪れる抑圧社会を、歴史的に体感しているからです。そして民衆が身体をはってそのクーデターを阻止した意味もよくわかります。ここで社会を後ろにもどすわけにはいかないという決意が韓国の民衆にはあります。

日本もまた、1930年代に軍部が政治を乗っ取った結果、無謀な戦争へ突き進んだ過去を持っています。日本の無謀な戦争が理由で、あまりにも多くの人を殺し、多くの人が死にました。「軍隊は国民を守らない」「権力の暴走を止めるのは市民の覚悟だ」――この映画は、民主主義の脆弱さを痛感させるとともに、現在の政治を考えるきっかけを与えてくれます。最近思うのですが、「平和を守る」ために自分もそろそろ声をあげる時期にきていると思います。何某かの覚悟が必要なのではないかと。

「権力とは何か」「民主主義はどう守られるか」を問う、重くも重要な作品。ぜひ多くの人に観てほしい。