京都在住シングルファーザーおじさんのつれづれ雑記帳

京都在住おじさんによる匿名の日記です。ネットのすみっこでひっそりと生きています。ただいまシングルファーザーとして生きてます。備忘録ブログ

「エルピス—希望、あるいは災い—」を見て矜持についておもう。

久々のドラマ視聴です。「エルピス—希望、あるいは災い—」を昨日から見ています。

www.ktv.jp

視聴しはじめたのは、ネットの以下のインタビュー読んだのがきっかけです。

crea.bunshun.jp

もともとラブコメを依頼されたけれど、自分のやりたいドラマは何か?と問う中で、佐野氏は冤罪をテーマにした脚本を渡辺氏と試行錯誤でつくりあげました。ところがマスコミの実情をも晒すような中身でもあり、没になる。その作品をTBSを去ってカンテレに移籍してつくりあげたドラマがこの「エルピス」です。

 この上下のインタビューは絶対読んでほしいし、珠玉です。

 矜持っていうんですかね、多くの人が本来は持っていたはずのモノ、それってだんだんと奪われていきますよね。社会や組織の中で、出世したり、一定の地位についたり、「守るものがある」という理由で。そんな自らの矜持を思い出すことにつながるインタビューです。自分の本当にやりたかったこと、やらないといけないことは何なのか?目の前でおこっていることに声を上げないで黙っていていいのか?それらは自分には本当に関係ないことなのか?

「本来「権力の監視」はマスメディアの重要な使命のひとつですが、その多くは権力の拡声器のような状態にあったように思います。」とズバッと質問するインタビューもとても素敵です。そういう状態に「おかしい」と思っている、メディアの関係者もいるんだということを示したかったというのもこのドラマをつくった一つの動機であるとも語られています。テレビ局の圧力をはねのけて、矜持をもってこのドラマを作った脚本家とプロデューサーが二人とも女性であるというのは、僕には本当に象徴だと思えています。僕自身もアラフィフ男性なので、自らへの自戒も込めて告白すると、今の社会の中で、組織の中で、僕も含めて男性の多くはやはり「飲み込んで」います。理不尽な既存のルールやしきたりを、それが必要な潤滑油であると、政治的行為であると言い訳し、忖度して「飲み込んで」生きています。だから男性には乗り越えられないことを一旦は自覚する必要があると思っています。そのうえでまわりを見たときに乗り越えたいと願い、乗り越えようとしている人はいるのではないかな。そういう人たちを励まして、後押しして、一緒に立ち上がれればいいな、と最近は感じています。託すのではなく、一緒に動く側にまわる大人でありたいと願ってます。

ちなみにドラマはそれでいてきちんとエンターテイメントです。そして一人一人の主人公がすごく「小さい」、こういう小ささの描き方は日本のドラマは海外のドラマよりとても優秀だと思います。だからこそ等身大で身近に思える。決して英雄譚じゃない。うーん、来週が本当に楽しみです。

もしかしたら映画のペンタゴン・ペーパーズを超えるドラマになるかも?